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「鉄道ジャーナル」の誌面は取材記事が多いことが特徴の一つだが、月刊誌の宿命として時間の制約が大きく、プランニングから取材手配、実行から原稿作成、事後処理まで、短期日にあわただしく行なっているのが実態だ。したがって、取材にまつわる悲喜こもごものエピソードがかず多い。取材・編集日記の一端をご紹介すると…。

最終更新:2003/03/19 〔 No.2 〕 | << 前に戻る | ☆バックナンバー 〔 No.1No.3
 

〔2002年〕

「冬の峠道は、こっちの人間でも恐ろしいもんね。強い谷風が吹けば、雪が舞い上げられて5m先も見えなくなってしまうからね。ホワイトアウト状態だね。そこでブレーキを踏んだら追突されるから、見えなくてもなんでも行くしかないんですよ。急カーブで凍った狭い雪覆いの中で後ろからトラックにあおられたら、生きた心地しないって。札幌まで出かけるなら、列車で眠って行くのがいちばん」
 釧路発札幌ゆき「スーパーおおぞら4号」車内で話した20代ビジネスマンの話は、聞いただけで身震いする道路事情でした。そのようなわけで、ふだんはクルマ攻勢に悩むJR北海道ですが冬ばかりは俄然、元気になるようです。とくに「おおぞら」系統は増結に継ぐ増結で、年末年始や連休には先頭車4両連続の10両編成もあったとか。
 次号では「冬こそJR」を実感できる「FURICO」283系の活躍ぶりを、釧路から札幌への実況でお伝えします。去年の冬に5回転んだ釧路ですが、今回は無事でした。だって、雪もほとんどなく、氷結した部分も少なかったから… (亀)

 

 

 1月9〜12日、鹿児島市交通局の低床車の新車撮影に向かう。撮影前日に鹿児島入りし、たまたま他誌のカメラマンと同じホテルに泊まったので、その夜は3人で夜の鹿児島市内へ繰り出した。鹿児島滞在中は桜島の噴火もなく、天気も上々。東京に比べると暑いくらいだ。地元の人が「今日は寒いでしょう?」と言うが、私は東京から着てきたセーターを脱ぐ、はいてきたモモヒキを脱ぐという状態。風が生暖かいのだ。
 4日も鹿児島にいて新車撮影だけではもったいないと、鹿児島本線・日豊本線の列車撮影もする。ところが、線路脇は草ぼうぼうで、列車の足回りを隠してしまうほど。九州は暖かいせいなのか、成長が早い気がする。昔は撮影できたポイントが草に覆われてダメになっていて、撮影地探しに四苦八苦。結局、お立ち台と呼ばれる有名ポイントにカメラマンが集中する結果に。よい写真を撮るためには、何人かで手分けして草刈りをしないといけないかも。それとも近所の農家で電動草刈り機を借りて、「ブイ〜ン」とうならせて根こそぎ刈ってやろうか。(則)

 

 1月24日、群馬県へ。1977年に鉄道友の会ローレル賞を受賞し、2001年8月12日にさよなら運転を行なった上信電鉄1000形電車の改造の取材なのだ。上信電鉄線は地図で見ても直線区間が多く、けっこうスピードが出る。運転席のメーターをのぞくと80km/hであった。鏑川の河岸段丘の上を走る区間があり、妙義山や周囲の町並が見渡せて、車窓に素晴しいパノラマが展開する。上信は全列車、ワンマン運転を実施しているため、降車は運転席寄りの扉から降りるルールで、まるでバスのようである。間違えて後ろから降りようとするお客がいて、扉が開かないとあわくって、係員に前のほうへ移動するようにうながされていた。
 さて、下仁田といえばコンニャクとネギが有名。ということで、今晩の夕食用にコンニャクを買って帰った。ところで、高崎駅ホームにあるラーメン店は某週刊誌で紹介されたらしく、食べたかったが列ができていたため断念。その代わりと言ってはなんだが、姉妹誌「旅と鉄道」の食特集用も兼ねて「だるま弁当」を購入、撮影のあとはめでたくわが胃袋に収まった。(嶺)

 2月7〜8日、今回は関西本線の昔懐かしい駅を取材した。亀山から、蒸気機関車の撮影地としてつとに有名な加太あたりまでは、鈴鹿山脈から吹き降ろす風が止むこともなく意外と寒かったが、柘植を過ぎると次第に風も収まって、日差しが穏やかに変わった。山間部を通っていても沿線には人家が続き、古くからの街道沿いであることを実感する。高速道路のような名阪国道(国道25号)が見え隠れして、クルマがまたたく間に通り過ぎて行く。1駅、2駅乗っては下車し、1日目は伊賀上野泊りに。ライトアップされた上野城は夜空に映えて美しく、街なかには古い家並がそこかしこに残っていて、暖かい日なら、のんびりと街歩きをするのもよさそうだ。ただ、伊賀名物の豆腐田楽を食べようと街へ出たが、20時前に閉まる店が多く人影もまばらだった。しかも、駅前にコンビニがない(!?)のは驚いた。その代わり酒屋はけっこうあって、アルコールの調達には不自由しなかった。
 翌日は再び駅めぐり。京都府へ入ると、この日は水量が少ない木津川沿いをゆく。関西では有名な月ヶ瀬の梅はまだ来週にならないと咲かないそうだが、笠置駅からじいちゃんばあちゃんがたくさん乗ってきた。ハイキング帰りらしい。(嶺)

 

 

 1月18日、京王百貨店新宿店の駅弁大会を取材する。お昼前であったことを割り引いてもたいへん混雑していた。どうも前日は百貨店が休みで、さらに午後6時のテレビニュースで取り上げられたためのようだ。ために同行カメラマン(翠)は「うまく撮れないよ〜」と思案顔であった。おなじみ「いかめし」は相変わらず長蛇の列で、会場の端の方にある店から壁に沿って階段のあたりまで延びていた。駅弁だけでなく、全国のうまいものが集まっているのもこの催しの特徴で、もし取材でなければ、試食ができるものはなるだけ試食するため、会場をうろうろするだろう。いや待てよ、どこのスーパーマーケットへ行ってもやっているか… (王)

 3月18日、ダイヤ改正で新千歳空港へ乗り入れた785系の取材で北海道へ。新千歳空港発12時19分発の「エアポート123号」は始発駅から満席で、途中駅からもどんどん乗車し、指定券が必要な「uシート」にまであふれ出す始末。車内改札を担当する車両は対応に大わらわだった。これも札幌までのことで、函館本線区間では従来からの「スーパーホワイトアロー」らしい、ビジネスライクな落ち着いた車内に戻った。「こんなに混むなんて珍しいのです」とは車掌の弁。私も撮影がやりづらかった。最近、取材で泊まる宿はインターネットで予約することが多い。今回の旅もそうだが、特別プランを組んでいるようで、概してインターネット予約のほうが安いのだ。そして夜は、繁華街に繰り出す。札幌ではいろいろお楽しみが待っている。ウヒヒのヒ。(翠)

 

 5月9〜10日と、JR東日本の新型観光列車「きらきらみちのく」の撮影に出かけた。キハ40系改造のこの列車は、五能線を走る「リゾートしらかみ」にたいへんよく似ているかっこいい列車だ。同時に東北新幹線盛岡〜八戸間の駅を撮影。沼宮内、二戸、八戸の3駅ができる。この日は天気がとてもよく、みずみずしい新緑に彩られた東北本線を撮影したかったが、工事中の駅にレンズを向けるのはもったいない気がした。帰りの出来事だが、上り「はつかり」が津軽海峡線列車を待ち合わせたため10分遅れでやってきて、盛岡へは7分遅れまで回復した。この列車の新幹線との接続時間は通常ならば10分。と言うことはその日は3分しか時間がなく、ホームを猛スピードで駆け出す。新幹線接続がタイトなので、遅れるといつもこうなる。もう少しなんとか改善してもらえないものだろうか。(翠)

 

 このところ、ご無沙汰しました。4月4日の「あさかぜ」取材いらい、その足で鹿児島・松山・高知の路面電車をめぐり、同月は万葉線にも出かけ、ゴールデンウイークを挟んで岐阜の名古屋鉄道美濃町線、尼崎のアルナ車両、盛岡にタブレットの八戸線、そして岡山電気軌道と、間断なく出かけては執筆の繰り返し、およびその他モロモロで、近況報告がおろそかになってしまいました。上のスケジュールでわかるように、ここのところ路面電車漬けになっています。各地で覇を競うように超低床電車が登場し、とてもうれしいことです。どの都市でも、新しい超低床電車に評判の声を聞いています。ただ、難点を指摘する声も多く、それは日本独特の事情による車内の狭さでした。これが命取りにならなければ…と思ってしまいます。また、入線したといっても1両から3両で、欧米のように何十編成といった単位ではありませんから、日本の路面電車事情にさびしさを覚えてしまいます。連接車の重連がトランジットモールや木陰の芝軌道を走る姿は、いつかこの国で見られるのでしょうか。
 ただし、9200形MOMOを誕生させた岡山電気軌道は、突出した期待をもたせてくれました。なんといってもJR九州「白いかもめ」と同様のぜいたくなデザインが、路面電車に現われたのですから… 寄木細工のようなフローリングの床、高級家具の木工職人が削りだした座席、夜間に窓からこぼれるダウンライトの美しさなど、車両単体ではだれもが認める世界一の路面電車でした。
 岡山のみなさん、この電車をどうか、もっともっと育てて2本、3本、5本、10本と入れてください。そして、交通システムとしても、世界のトップに一歩でも近づけるように成長させてください。応援しています。(亀)

スペシャル:空飛ぶ取材班 奮闘記〕も、どうぞ。

 6月14日に阪和線で走りの撮影をする。この日は長居陸上競技場でサッカーワールドカップの日本対チュニジア戦が15時からあり、午前中にすまさないと大混雑するとふんで、朝早くから沿線に立つ。阪和線車内は朝から日本サポーターが目立っていた。今日はサッカー狂のタビテツ編集部(漫)も長居へ来ているはずと、電話でエールを送ってからユニバーサルシティ駅へ向かった。撮影も終了し、18時ごろ西九条へ出ると、大阪環状線電車はものすごい込み具合。隣に立っていた人も「環状線がこれほど込んだのは見たことない」と言うほど。ちょうど、サッカー観戦客の帰宅時間にぶつかってしまった。車内は青いユニフォームを着た人ばかりで、これ以上乗れそうにない。大きなカメラバッグを抱えた僕は途方に暮れた。(翠)

 6月20日、いつもは都内ばかりだが、久しぶりに遠くまで取材に行った。真岡鐵道の蒸気機関車を訪ねたのだ。取材当日はC11がSL庫に入って有火状態で点検を受けていて、この庫の中で作業の合間をぬって話をうかがった。払っても払ってもテーブルや取材メモの上に黒いススがどんどん積もるのは、煙突からシンダが落ちてくるためと気づいたのは、取材も半分くらい過ぎてから。庫の中に安全運転を祈願する神棚を見つけたときは、心温まるものを感じた。安全弁から蒸気が出るときの「プシュー」という大きな音に肝をつぶしたのはご愛嬌といったところか。私は四国生まれで近鉄沿線育ちのためSL列車の体験がなく、作業の一つ一つがたいへん興味深く、まさに「男の職場」という印象を持った。
 ところで、JR下館駅の自動券売機はJR・真岡鐵道・関東鉄道の切符が買える。さらにオレンジカードが使える。つまり、オレカで真岡・関鉄の切符が買えるのだ。ゆきの下館〜真岡間の切符は、コレクション目的で購入したオレカの在庫をいくらか処分できた。たいへんうれしい。(王)

 

 6月24〜26日、神奈川県にある「関東の駅百選」選定駅を約20ヵ所ほど撮影した。沖縄は梅雨が上がったそうだが、関東はまさに梅雨本番、連日雨で、カメラマン泣かせの天候である。24日は横浜〜鎌倉〜横須賀〜江ノ電とまわり、翌日は強羅から小田急線沿いに北上する。江ノ電沿線、とくに極楽寺駅や鎌倉高校前駅はなぜか心がゆったりとした気分になる。多分に二十数年前のテレビドラマの刷り込みが影響しているのだろうけれど。また、箱根登山鉄道沿線を走っていると、正月の箱根駅伝を思い出した。「ああ、ここがテレビで中継されたカーブだな」と、激闘をまぶたに浮かべた。
 さて、ウイークデーにも関わらず鎌倉駅・北鎌倉駅は中年のご婦人方で、わーわー、きゃーきゃー、大変にぎやかだった。ちょうどアジサイの見ごろなので、友人同士連れ立ってアジサイ鑑賞にやってきたようだ。トウチャンは働いているのに… うらやましい。(則)

 

 8月19〜22日、「オーシャンアロー」と南海の「サザン」「こうや」の撮影に。デスクからの注文は、海岸べりを走って、なおかつ車両は大きく。こういうアングル、どこにもない! さんざん苦労して撮影地を見つけたが、記憶にある場所が、次回行ってみると草木が生長したり、宅地造成されていて撮れなくなっていることが、本当に多くなった。年々、撮影条件がきびしくなるような気がする。「こうや」は山のなかを走るので、当然海とはからまない。橋本から先、紀ノ川を渡ったあたりの平地で撮影する。大運転区間の山中に入ってポイントがないわけではないが、風景中心で車両が豆粒みたいになるからだ。橋本−紀伊清水間は田畑が開けていて、たいへん撮りやすい。
 鉄道の撮影といっても、こうした取材にはクルマを利用する。今回も和歌山でレンタカーを調達して4日間、十分に活用した。途中休憩に寄った「道の駅」は地図にマークをしている。取材のたびに「道の駅」に寄るので、いまでは地図の各ページに必ず1個はマークが入っている。(則)

 

 報告が遅くなりましたが、先月は近鉄特急アーバンライナーとビスタカーの取材に出かけました。東京の人間にとって、関西圏の各私鉄が非常にまぶしく見えるのは、サービス競争に裏打ちされたスピードだったり、電車の質の高さだったりするのですが、もう一つ、都市と隣り合わせで山が立ちはだかる魅力を付け加えたい。阪神はともかく、阪急だって六甲の麓や箕面付近にそれらしさを感じるし、神戸電鉄や能勢電鉄は山と街が混在して、トンネル、鉄橋、住宅地の繰り返しです。近鉄はその山越えのスケールたるや半端ではなく、奈良線が生駒トンネルに向けて駆け上がっていくとき、みるみる広がる大阪平野は絶景のひとことです。また、大阪線こそは完全に都市を離れる山岳路線で、千分の33のアップダウンを全速力で上り下りするさまには、この路線を初めて体験したさい、まったく常識外の感動を覚えたものです。
 今回も、その昔のときめきを思い出した取材でしたが、その晩、仲のよい私鉄社員に案内してもらった居酒屋みたいなコテコテのすし屋さんや、入口をすべて開け放って扇風機がぶんぶん回るだけの夏場のおでん屋さんも、じつに感動的でありました。9月21日発売の私鉄ロマンスカー特集を、どうぞよろしく。(亀)

 12月20日、3月号掲載ぶんとして、箱根ロープウェイの取材に出かけました。名立たる箱根の温泉は、恩恵を与えてくれるだけでなく、思わぬところに影響をおよぼすそうです。それは、地中から発生する硫黄ガスなどの成分によって金属が腐食し、電気機器類の寿命が一般的な使用条件に比べて半分程度しか持たないということでした。なるべく、機器類を室内に設置するなどして守っていますが、それでも、自然の力にはかなわないそうです。ちなみに新しくなった早雲山〜大涌谷間のロープウェイにも対策として、支曳索にメッキが施してあります。
 以前の様子をご存じの方なら、フニテルとなった箱根ロープウェイの変貌ぶりに驚かれることでしょう。大涌谷〜桃源台間の従来型と乗り比べて、ユニークなゴンドラの形や大きさ、そのスピードの違い体感してみるのも面白いかも。登山鉄道やケーブルカーと比べるとやや時代を感じさせるものだったロープウェイも、新型の登場で箱根に新たな魅力を加えています。(嶺)

 

To be continued.

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