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〔2003年〕
ご無沙汰して申訳ありません。私が取材日記を書くのは、いつ以来でしょうか。昨年12月のダイヤ改正では、記念すべき初日の「こまち1号」と「スーパー白鳥1号」を八戸で乗り継いで東京から函館へと向かいました。昨年7月には並行在来線の取材で盛岡や八戸を訪れ、その前にはタブレット取材で八戸線に足跡を印しましたから、この方面にずいぶん縁を持ったものです。 八戸線取材では、陸奥湊駅前の市場で舌なめずりをし、鮫の蕪島に寄り道して(きわめて目つきの悪い)ウミネコに囲まれてきました。次の在来線取材では、駆け足ながら沼宮内駅を玄関とする岩手町のささやかな旧市街地に年季の入った木造旅館を発見し、思わずカメラを取り出してしまいました。さて、今回の一番列車追跡では、何が楽しめるかな?と出かけましたが、じつはその時期は前号の編集の佳境で、とんぼ返りを余儀なくされます。そして、函館駅改札口のお祭騒ぎの雑踏のため、折返しの特急券を車内で求めることにしたため、北海道に上陸しながら、駅の外に一歩も出ないという怪挙(!?)を成し遂げました。以前の、釧路滞在30分で空港へ…という記録の大更新です。しかも無念の…。 それはともかく、車内で私の写真を撮ってくださったレールファンが、その写真を送ってくださいました。ありがとうございます。また、どこかの初列車でお会いできるでしょうか。 (亀)
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2月5日、タビテツの撮影で山陽新幹線へ。新尾道、東広島、新岩国の3駅の表情を撮影するのが目的だが、この3駅、どれもよく似ている。JRの在来線と接続していないのが1点、駅の構造も似たり寄ったりで、面白味に欠ける。駅前のにぎわいもあまりなく、東広島は開発途中としてもコンビニがあるだけで寂しい。新岩国は駅前にコンビニも見あたらず。昼食に困ってしまった。このあと7日、九州に渡って「つばめ」のビュッフェの最期に立ち会った。ビュッフェ車内はレールファンばかりであった。 この旅で初めて尾道へ寄った。眼前に海、背後に山と、雰囲気は最高。大林宣彦監督の諸作品を思い出し、胸がキュンとなる。みなさんもぜひ一度、おでかけを。(翠)
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埼京線・りんかい線直通運転の取材で、ほんとうに久し振りに川越駅に降り立ちました。池袋から30分という近場であり、学生時代は乗り降りする機会も多かったのですが、いざ、小江戸の街を歩きとなると今回も実現せず。近すぎるところは、どうも足が向かないようです。それはさておき、当時、馴染んだ川越駅は木造平屋駅舎、東上線はカステラカラーで釣掛、半鋼製の7800系も力走しておりました。木の床にセンターポールが立ち、ノッチオフにした途端、揺れたこと揺れたこと。そして、川越駅で隣のホームを見ると、川越線はキハ35形の2両編成。暑苦しいタラコ色にエンジンがギロギロ唸り、夏は傍に見ているだけで汗が吹き出てきそうでした。あれから二十余年、浦島太郎の気分で呆然と駅に立ちました。(亀)
3月6日〜7日 「銀河」の乗車取材に合わせて、京都にある梅小路蒸気機関車館を取材してきました。「銀河」の車内では本誌の読者に会い、「取材がんばってください!」と励ましていただきました。感謝。(あとは、6月号の記事をお楽しみに)大阪に着き、眠い目をこすりながらまずは腹ごしらえです。大阪駅の構内には改札近くに意外といろんな店がありましたが、モーニングセットのディスプレイに誘われて、オープンスタイルのカフェに入りました。時間は朝の8時前、私と目黒カメラマンが座っている間にも、たくさんの人が入れ代わり立ち代わりして、みな慣れた様子で新聞などを読みながら朝食をとっていました。きっと、これが通勤スタイルなのでしょう。 さて、次の約束の時間には早かったので、京都への移動は京都線の各駅停車にしました。新大阪へ着くとほとんどの乗客が降りてしまい、9時近かったとはいえ、首都圏のラッシュと比べるとそのゆとりはうらやましいばかりです。複々線で脇をすり抜けてゆく快速電車も、乗客はクロスシートで着席通勤。やはり、首都圏の通勤事情は全国的にも異様なのでしょう。われわれも気兼ねなく、しばしの眠りにおちてしまいました。(嶺)
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3月16日〜18日 青函トンネル開業15周年を記念した斜坑ウォークに参加するため函館へ。春まだ遠い港町には、まだ随所に雪が残っていた。一方、海面下240mの青函トンネルの中は気温20度で湿度90%もあり、また海底駅から地上までの1100段余りの斜坑階段昇りは久しぶりに大変良い運動となった。残念ながら、その後の温泉入浴には同行できなかったが…(詳しくは、6月号の記事をお楽しみに) さて、当日は「JR東日本パス」の利用最終日。次の取材地−弘前へ向かう列車には、東日本エリア最北端に近い蟹田からも,いつになくたくさんの乗客が乗り、青森では立ち客が出るほどに。さすが、乗り放題切符の効果は大きかったようだ。翌日は、特急「つがる」の同乗取材。雪を頂いた岩木山が気持ちよく出迎えてくれたが、平地も一面の銀世界が広がっていた。桜の名所−弘前城もまったく雪に埋もれて、津軽の春もまだまだ遠そうだ。津軽と言えば、りんごと津軽三味線が有名。市内にある三味線ライブハウスでは、熱のこもった演奏が繰り広げられていて、りんごのワインを片手に思わず聞きほれてしまったのだった。「つがる」の乗車記事は7月号で掲載予定です。(嶺)
5月8〜13日、(嶺)氏とともに山陰地方の国鉄型車両の乗り継ぎルポをした。行程は岡山から伯備線まわりで、キハ181系「いなば」〜キハ28系〜キハ40系〜キハ181系「いそかぜ」で小倉まで。全盛時を知っている私は懐かしさもひとしおで、さすがにくたびれた印象はぬぐえないが、丁寧に使われている印象をもった。しかし「いなば」の乗車率はよいが、そのほかは寂しい限り。(嶺)氏はまあ、マメにインタビューをするしメモをとる。なかなか懸命で頼もしい限りだ。 天候はおおむねよかったが、走り撮影の1日だけどしゃ降りで、増感してもダメ。もうどうしようもない。こういうカメラマン泣かせの日は、おとなしくしているしかない。(則)
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